【 シロクマ冬眠記!】

shirobear.exblog.jp

写真で綴る徒然日記

旅の果て ~その1~

b0054498_11243649.jpg
(長崎の爆心地モニュメント 2009/8/9)

我ながら、「総走行距離2990.7km」はやりすぎだったかと...

さて、初上陸した長崎。そこで受けたNHKのインタビュー。
東京から来た、ということを告げた次の質問。
「なぜ、長崎の原爆に興味を持ったのですか?」
単純だが、結構真理を突いた質問。
考えたのは一瞬だったか。
自分の中から出てきた答えは、
祖父や祖母、自分達と関わりのある世代の人たちが経験した先の戦争。
僕の祖父は戦地へ行ってもいないし、ましてや被爆もしていない。しかし、その
時代を生きた人間だ。少なくとも東京での空襲は経験している。その戦争の象徴
として広島、長崎の被爆があり、特攻などがある。それらを「知る」ということ
は、僕らの世代の責任なのではないか。と。
そして、次の質問は、当然オバマ米大統領が掲げた「核兵器廃絶」についてだっ
たが、これについては「核兵器は無くなった方が良いと思う」としか答えられず、
しかしその後、言いたいことが口をついて出てきた。
長崎ももちろんそうだが、実際に「戦争」を体験している人たちの数は年々減っ
ている。そして、ついには残念ながら、しかし必ず全員いなくなってしまう。
これは生きとし生ける物の定めなので仕方がないが、その方々から直接お話しな
りを伝え聞いている僕ら世代にも、何かの役割を果たす責任があるのではないか。
ということをお話した。
地方局だろうから使われたかどうかは分からないが、自分の頭が整理できたよう
でちょっと面白かった。

無論、先の戦争は「被害者」という点からだけでは語れないことは重々承知して
いる。日本人が誉められない行為をしたことも数多くあるはずだ。数の不一致な
ど細かい部分は置いといて、そこにも目をつむる訳にはいかない。しかし、まず
身近なところで何が起き、どのような空気の中当時の人たちが生きていたのかを
知る、感じることが、まずは先決だと考えている。
「戦争」という状態自体、「善悪」などという簡単な物差しで測ろうとすること
に無理がある。無計画と言われる作戦に従事した日本の兵隊たちを、志願兵、徴
集兵という違いで「被害者」と呼べるのか。そもそも、近代社会において、宣戦
布告を行った正規の戦闘ということは、国から「人を殺しても良い」という許可
が出るということ。その平時から考えれば異常状態の中、ギリギリ設定されてい
る規律を超えて、人としてあるまじき行為を行った人、集団を、どう考えるのか。
“必死・必殺”ではなく、十死零生「結果はどうあれ戻ってくるな!」という命
令を下し続けた集団をどう捉えるか。そして、一度に数万の人々が死ぬ、と分かっ
ていながら、その悪魔の力を試そうとし、それを実行したことをどう考えるのか。

今までは、「NO MORE WAR」、「戦争反対」などというお題目にはどうも賛同し
かねた。所詮お題目にしか聞こえないからだ。しかし、今回長崎の原爆資料館の
被爆者たちの直筆の絵を、言葉を見ていて、そこに書かれている「戦争は絶対に
繰り返してはいけません」というメッセージの数々は、ストレートに心に響いた。
一方で、「国」という集団をまとめていくことを考えれば、戦力を持ってしまっ
ている限り、防衛においてその戦力の行使をも放棄しようとする考えにも疑問を
感じる。

先の戦争が「敗戦」という形で終結してから64年。64回目の終戦の日を迎え、
やはりその後の報道は極端に少なくなっている。惰性のイベント化している印象
は年々強くなっているのではないだろうか。ただ、唯一確かなのは、この64年
間、日本という国は戦争状態に入ることなく過ごしてきた、ということだ。「平
和ボケ」などと囁かれるが、結構なことじゃないか。世界では終わることなく
「戦争」という悲劇が続いているが、そこに対して日本国が貢献するのは、何も
戦力の提供だけではないと思うのだが...
[PR]
by whitekuma | 2009-08-18 11:25